《MUMEI》

 「……これはまた、随分と巨大になったものだな」
翌朝、目を覚ますと斎藤は何故かふわふわモコモコしたものに塗れていた
一体、何が起こっているのか
解る筈もなく辺りを見回す斎藤の目の前に
ロンの呆れ顔があった
見ていないで助けろ、と手を差し出せば何とか引き上げられる
「もう!一体これは何なのよ!?」
ついロンへと怒鳴り散らしてしまえば
ロンは溜息を態々大袈裟について見せながら
「……お前の中にある悪夢を一気に食ったからだろう」
漸く探し当てた羊の顔をなでてやりながら、まったくと溜息を一つ
呆れたような表情のその横顔へ、これからどうするのかを問うてみれば
ソレに応えるかの様に羊がその口を開ける
そこからぷかり、シャボン玉の様な何かが膨らみ始めた
が、何が起こる様子もなく怪訝な表情を斎藤が浮かべた直後
それが派手に音を立て弾ける
白い煙の様なそれが部屋中に漂い、漸く治まった頃には
その羊の横にもう一匹、小さな羊がふわりと浮いていた
「何これ、小っちゃい」
「生まれたてだからな」
指先でその生まれたての羊と戯れるロン
悪夢から生まれた小さな羊
だがそれはそうとは思えない程に白くフワフワと可愛らしいソレだった
「……暫くコイツの方は大丈夫だろうから、お前は他の処に行って来い」
柔らかく促してやれば
羊はまるで頷く様な素振りを瞬間、その姿を消していた
「……また、お前が使役しちゃったんだ。つまらない」
羊が消えたと時同じく聞こえてきたメリーの声
姿を見せるなり言葉通りつまらなさそうな表情を浮かべ、ロンの方を見やる
「……いつも、お前ばっかり」
唇を尖らせ、何やら愚痴る
睨む様に見あげてくるメリーへ、ロンは表情無くソレを見下すばかりだ
「……僕は、夢になりたいのに」
「は?」
不意に話し始めた、理由の様なソレ
だが今一要領を得ず、ロンは怪訝な顔
「お前には、どうせ分からないよ」
子供の様にそっぽを向き、そして斎藤の方へと向いて直る
重なる視線
メリーは斎藤の頬へと徐に手を触れさせながら
「もっともっと、悪夢を見て。僕には、たくさんの悪夢が必要なんだから」
ね、と満面の笑みを浮かべて見せ、メリーは姿を消していた
後に残された二人
呆然とするしかなかった斎藤は、ロンの呆れたような溜息で我に帰り
そして、首を傾げてしまう
夢になりたい、一体どういう事なのか
ロンへと問う様な視線を向けてみれば
「……夢になりたい、か。馬鹿な事を」
呆れた様に呟きロンは身を翻す
また、何処へ行くのだろう
一人になるのが何となく心細く感じた斎藤は咄嗟にロンの服の裾を掴んでいた
首を振り向かせてくるロンへ
「……何か、怖くなってきた」
「今更か?」
「だって、よく分からないから!」
仕方がないだろう、と半ば八つ当る
涙を滲ませた上目使いで睨んでくる斎藤へ
やれやれとまた溜息でロンはその場へと腰を降ろしていた
「……?」
どうかしたのか、ロンへと向き直ってみればどうやら一緒に居てくれる様で
何を言う事もロンはしなかったが、少しばかり恐怖も和らぐ
「……お茶でも、淹れるよ」
互いに無言が暫く続き、間がもたないと感じたのか
斎藤が徐に腰を上げる
お茶に菓子を添え、ロンの前へと出してやれば
ごく自然にロンはソレを飲み始める
「普通に食べたりするんだ」
何か意外、と僅かに肩を揺らし斎藤も食べ始める
二人並んで菓子と茶を食べていると
斎藤の膝へ、羊がすり寄ってきた
「これ、食べたいの?」
甘いけれど大丈夫なのだろうかと思いつつも出してやれば
羊は嬉しそうにソレにパクつき始めた
その仕草の可愛らしさに、癒される
「どうやら、ソイツはお前が気に入ったようだな」
「そ、なのかな」
まだ菓子をくれとすり寄ってくる子羊へ
斎藤は自身が食べていた菓子を羊に与えてやった
食べる羊の可愛らしさに漸く穏やかな心持になり、安堵の溜息を吐いた
その直後
羊の毛が突然に逆立った
ロンの表情が鋭く代わり、辺りへと睨む様な視線を巡らせれば
黒い何かがそこに現れる
徐々にその姿が型を成し、斎藤たちの方へ
「……何、コレ」
黒より更に深い黒の色をしているソレ

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