《MUMEI》

何故、これほどまでに自分に執着するのか
男を身代りに据えるよりも、別の女を持ってきた方がよほど恰好がつくだろうに、と
計りきれない相手の胸の内に、田所は混乱するばかりだ
「……何で、俺なんだよ。別に、俺じゃなくたって……」
情けなくも、涙が頬を伝う
無く声だけは何とか堪える事は出来たが、肩をしゃくり上げるそれまでは堪える事が出来ない
「もう、嫌だ。嫌だぁ……」
まるで子供の様だと思いながらも、兎に角嫌なのだと訴えてやれば
相手が溜息を吐くその音が聞こえてくる
「……そんなに嫌か。俺が」
「当たり前だろ!あんな事して!」
それまで身体が決して知る事のなかった感覚
それが未だ身体の奥に燻りを残しているのだ
意識してしまえば、今にも身体が崩れ落ちてしまいそうな程に
「……帰る」
「それは認めないと、さっき言ったが?」
「そんなの、お前の都合だろ!大体こんなの犯罪だろうが!警察呼ばれたくなかったら俺を家に帰せよ!」
一刻も早くここから、この男の前から立ち去ってしまいたい
その気持ちばかりが逸り、田所は相手の身体を押しやる
然して抵抗もなく、簡単に数歩下がって見せる相手
出て行こうとする田所にも引き止める事はせず
「夏生」
背後から名前だけを呼ぶ
つい反射的に振り返ってしまった田所
その流れを借り、相手が田所の唇を己がソレで塞いでくる
触れるだけの、キス
ソレを振り払い、田所はそのまま玄関へ
別に相手の許しなど得る必要はない、と
殴りつける様にとを開いた瞬間
背後から伸びてきた相手の手がその戸を閉じていた
何をするのかと睨み付けてやろうと振り返ったと同時
刺すような相手の視線とぶつかる
「夏生」
唯名前を呼ぶだけの声の筈のソレ
その声色は酷く冷たく、田所の全身に響いていった
このまま逆らえば殺されるのではないか
そう思えてしまう程だった
「俺から、逃げるな」
耳元でのそれは。、絶対的支配者からの命令
田所はその重圧の様なものに耐えきれず、その場に膝を崩してしまう
唯一できる事と言えば、子供の様に嫌々をするだけ
「帰して、くれよ。頼むから」
情けなくも懇願してしまえば、相手の表情に苛立ちのそれが現れた
手荒く田所の腕を掴み、立ち上がらせたかと思えば
そのまま引きずる様に田所を部屋へと連れて戻す
ベッドへと田所を放りだすと
相手は自身のベルトを引いて抜き、ソレで田所の両の手を拘束していた
「なっ――!?」
「これでも逃げ出そうとすれば、脚をへし折るぞ」
何故、どうしてここまで
相手のその狂気じみた感情に、田所は段々と恐怖を覚え
それでも逃げ出してしまいたいとベッドの上を後退る
「……無駄だな。何もかもが」
そんな事は重々分かっていた
だがこのまま相手のされるがままになっているのも癪に障る
つい、相手を睨み付けてしまえば、顎を掴まれ口を開かされたn
喉の奥に指を差しこまれ、えづいてしまいそうになった瞬間
指が引き抜かれる
何もかもが、酷い仕打ち
このまま此処に居れば本当に殺されてしまう、と
田所は枕を掴むと相手へと投げ付けていた
「好きなだけ、暴れていろ。ソレでお前の気が済むのならな」
まるで愚図る子供でも見る様な視線を向けたかと思えば
それ以上何を言う事も無く相手は部屋を辞す
ゆっくりと戸が閉まり、そして直後に聞こえてきたのは戸を施錠したその音
閉じ込められてしまったのだと気付いたのはその瞬間
田所は慌てて戸を叩くが
その向こう側にすでに人の気配は感じられなかった
「……」
こうなってしまえば、もうどうする事も出来ず
次、またこの扉が開くのを待つしかない
心身共に疲弊し、田所はのそのそとベッドへと横になる
どうせ此処でする事など何も無いのだ
なら無駄に体力を消耗するよりは、と目を閉じた
そのまま寝に入ってしまったらしく
次眼を覚ますとすっかり夜中で、相手はベッドの傍らにある椅子へと腰を降ろしていた
「よく眠っていたな」
翌日の予定でも確認していたのか
手帳に落としていた視線を僅かに田所へと向けてくる
互いのそれが重なり、田所の心拍が途端に上がり
身体が無意識に緊張を覚え、強張り始める
「……今日はもう何をするつもりもない」

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