《MUMEI》

始めて見るその色に、斎藤が僅かに戦いてしまえば
ロンはその斎藤を庇ってやる様に立ち位置を変え
手の平に収まる程度のカード式のナイフを取って出す
「大方、お前ごと悪夢を喰うつもりなんじゃないのか?」
脅かしているのか、揶揄っているのか解らない笑みを浮かべながら
ロンは正面を見据え、迫りくる獏へとその刃先を向ける
「……目を閉じて、耳を塞いでいろ」
言われた通りに斎藤は眼を閉じ、耳を塞ぐ
何が起こっているのだろう
閉ざされている視界では何を知る事も出来ず
塞がれたままの耳では何を聞く事も出来ない
仕方がなくそのままで居ると、頭に触れてくるロンの手の感触が
目を開けていいのだろうか
恐る恐る目を開けてみればソコには何も無く
つい先まで居た筈の獏の姿さえも跡形もなくなくなっていた
「どう、なったの?」
辺りを見回して見ても、その影すら何処にも見当たらず
取り敢えず斎藤は安堵に肩を撫で下ろしていた
「……本当にお前は危なっかしいな」
やれやれと言った風な溜息を吐きながら
だが斎藤の髪を撫でてくるロンの指ひどく優しい
何故文句を言いながらも助けくれているのだろう?
不意にそんな事を斎藤は考え、ロンの方をまじまじと眺め見ていた
「どうかしたのか?」
その視線に気付いたロンに顔を覗き込まれ
近すぎるソレについ動揺し、顔が赤くなってしまう
何とか何でもないを返し、息がつける程度の距離を取った
「……可笑しな奴だな」
その斎藤の様に、ロンは珍しく困惑気な顔
まだ怖がっているとでも思ったのか
深く溜息を吐くとロンはどうしたのか上着を脱ぎ身を寛がせる
「茶のおかわりが欲しいんだが」
「え?」
行き成りのソレに、つい聞き返してしまった斎藤だったが
差し出される湯呑にソレを理解し、茶を改めて淹れてやる
存外、茶が気に入ったのかその表情は穏やかなソレだ
「ね。夕飯も、一緒して貰っちゃだめ?」
今なら少し位我儘を言ってみてもいいだろうか?
面倒だといった顔をされるかもしれないと思いながらも
一応は想う処を言ってみれば
意外にも、構わないとの答えが返ってきた
「それで、お前の気が済むのならな」
意外な優しさに驚いてしまいながらも
一人で居ずに済むと言う事に斎藤は安堵する
「じゃ、直ぐに夕飯、支度するから」
小走りに台所へと立つと作り始める斎藤
だがロンが一体何を好むのかが解らず、取り敢えず斎藤が作ったのは
トマトソースのパスタと野菜サラダ
「……レトルトで、悪いけど」
申し訳なさそうに箸を渡してやれば
ロンはソレを受け取り、肩を揺らし食べ始める
「……人間というのは、面白いものを食べるんだな」
美味いのか不味いのか解らなそれに
斎藤は仕方がないのかもしれないと肩を落とす
ヒトとは違うのだ、味覚も違って当然だろうと
「……何か他の物作ろうか?」
気に入らないのだろうかとそう申し出てやれば
ロンは口元に浮かべた笑みはそのままに、黙々とソレを食べ始めていた
「お前は、食わないのか?」
「え?」
「俺ばかり食うのはおかしいだろう。お前も食え」
一人食べているのが心苦しくなったのか、箸を取ると斎藤へ
意外にもそういう事を気にする様で
斎藤は口元を緩ませると、いただきますと食べ始めた
「どう?美味しい?」
黙々と食べ進めるロンへ
少し位は会話がないものかと味の感想など聞いてみる
「……美味い」
「本当?良かった」
例えレトルトでもおいしいと言って貰えるのは矢張り嬉しいもので
斎藤はホッと胸を撫で下ろしていた
それからは互いにまた暫く無言で
他に何か話題はないものかと考え始めた直後
斎藤の傍らに座っていた小さな羊が毛を一気に逆立て始めた
「な、何!?」
突然のその変化に斎藤は反射的に辺りを見回す
ぐにゃり、景色が歪んで見えたのはその直後
黒い羊たちが群れをなして現れてきた
「随分と大量の羊を手に入れたようだな。メリー」
その黒に塗れる様にぼんやりと現れてきたのはメリー
子供の様に純粋すぎる笑みを浮かべながら
ロンの言葉に対し、大きく頷いて返してくる
「皆、みんな僕のなんだ。いいでしょ!!」
「ああ。楽しそうだ」

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