《MUMEI》
一月▲日(晴れ)
土鍋に米を一合。水を入れて、調味料は一切なし。色が抜けてしまうので、仕上げに刻んだ水菜を投入し、混ぜてできあがり。年末年始それからしばらく、空気が乾燥しまくって、風邪をひきそうだなと思っていた矢先だった。驚くような土砂降りの雨の夜、三毛が僕のアパートに姿を現した。どうしてか雨と三毛は一緒にやってくる。例によって濡れ鼠の気まぐれな猫を風呂に入れてやる。今までどこでご馳走を頂戴していたのかは知らないが、酷使した胃袋をせいぜい、養生すればいいのだ。白粥の土鍋を見て明らかに気落ちした風情の三毛を、僕は鼻でせせら笑う。一合とは言っても、何せ優に三人分はある量がたっぷりできあがっているから、思う存分食べるがいい。特別に梅干と海苔の佃煮を出してやった。あと、塩昆布も。もちろん差し出された温もりを冷え性の僕が拒否できるはずもない。一晩中降り続いた雨は朝まで残っていて、目が覚めるとやはり、三毛の姿はなかった。水にさらしておいた、土鍋にこびりついた米の粘りを洗い落としながら、今までにない奇妙な胸の痛みに苦しんだ。自問自答してみる。本当に僕が欲しいものは何だろうか。足指の冷たさを癒す高い温度を出すもの?いや暖房器具であれば、いくらでもあるのだ。無機物でなく有機物の発する熱というのは、なぜあんなにも安心するのだろう。大きな声では言えないが、三毛以外の温もりを僕は知っている。けれど、なぜ僕の歪な後頭部は三毛の両腕に見事に収まってしまうのだろう。馬鹿としか言いようがない。僕は、三毛が欲しいのだ。ただ、三毛だけが。あまりにも偏見に満ちた欲望には、違いない。

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