《MUMEI》

妹に一言礼を伝え、妹宅を後にしようと戸を開けた
次の瞬間
「なっちゃん、見ィつけた」
手首を掴まれた
誰だとのその顔を窺い見れば、そこに隆弘の姿
反射的に手を引こうとしたが叶わずに、隆弘の腕に抱きすくめられてしまう
「離――っ!」
「男っぽい恰好も似合うじゃない。俺、こっちのが好みだわ」
訳の解らない好みの話など知った事か
相手を睨み付け何とか腕から逃れようともがくが無理で
そのまま引きずられるように隆弘の車へと押し込まれてしまった
「兄さん!?」
その騒動に気付き顔を覗かせてきた妹
目の前で兄を連れ去られ、瞬間状況理解に苦しむ
「……どういう事なの?」
独り言に呟いた丁度その時
妹宅のアパートの前に車が一台停車、そこから岩合が降りてくる
何故、此処に居るのか
思わず逃げてしまいそうになったが、直ぐに岩合へと向き直ると
「兄を、兄を助けて!!」
縋り付いてしまっていた
嫌な予感がするのだと、田所が連れていかれてしまった事を説明してやる
「……早速、手を出してきたか」
苦い表情を瞬間的に浮かべ岩合は身を翻し車へ
場所など当然見当も付かなかったが
取り敢えずは無いか解るのではち自宅へと向かう事に
「千尋坊ちゃま。どうなさったんです?そんなに慌てて」
蹴る様な勢いで戸を開けた岩合へ、チズが驚き問うて返す
取り敢えずは落ち着け、とのチズに、岩合は漸く僅かだが落ち着きを取り戻した
事の説明をしてやれば
「隆弘さんが、そんな事を……」
顔を俯かせてしまったチズへ
隆弘がどこに居るか、心当たりがないかを問うてみる
「そう、ですね……。もしかしたら隆弘さんのマンションではないでしょうか?」
「マンション?」
「この近所なのですが、仕事部屋にと借りているマンションです。もしかしたらそこに……」
チズの言葉も途中に岩合は身を翻す
それらしいマンションを僅か先に見つけ岩合は脚を早める
何故、こんなにも焦って居るのだろう
自身の解らない感情に戸惑いながら更に歩みを進めると
そこの駐車場に隆弘の車らしきソレをみつけ
二階のとある一室に隆弘が入っていくその後ろ姿をみた
途中隆弘が向き直ったと思えば
視線が重なり、隆弘の口元がニヤリ歪に弧を描いた様に
岩合には見えた
ここに来いとでも言いたげなそれに
あからさまな挑発だと思いながらも、そのままで居るのは些か歯痒いものがあると
岩合はそこに向かう
「珍しいな、千尋。お前が態々俺の処に来るなんて」
部屋の前まで行ってみれば
途に背を凭れさせた隆弘がそこに立って居た
「……夏生は?」
その所在を問うてやれば
隆弘は相変わらず口元に笑みを浮かべながら戸を開く
入れを顎をしゃくられ岩合は中へ
入ってみればそこに田所の姿を見つけ
その姿に、岩合は僅かに眼を見開いた
素肌の上を白いシーツが一枚覆っているだけという無防備な姿
何が、あったのか
隆弘へと睨む様に向き直ってみれば
「ちょっと遊んでみただけだ。最後まではやってねぇよ」
返ってきたソレに、岩合の表情に怒のそれがはっきりと浮かぶ
「何?そんな起こる程大事な訳?この身代りでしかない坊やの事が」
「黙れ」
「もうこの子とヤった?」
尚も下世話な話を続ける隆弘へ
岩合はそれ以上着てやるつもりはないと言わんばかりに
苛立ち、すぐ横の窓ガラスを素手で殴りつけた
高い音を立て割れて砕けていくガラス
その音に田所はゆるり失っていた意識を取り戻す
岩合の姿を視界の隅に捕え、何故か安堵の表情
無意識なのだろう両の手を伸ばす
その両手を、岩合も無意識なのだろう取ってやろうと近く酔った
抱き締めてやれば見える、田所の身体に残る岩合が付けたものではない痕に
憤りを覚え、岩合は隆弘を睨み付ける
「千尋、お前結局その子の事どうしたい訳?」
その唐突な問い
岩合は暫く何を返す事も出来ず、何とか隆弘へと関係ないを返していた
「いや、関係はあるんだよ。だって」
隆弘は態々ここで言葉を区切ると田所へと視線を向け
「俺も、その子の事、欲しいから」
頬に触れようと手を伸ばしてくる
その手を払って拒み、岩合は田所を横抱きにその場を後に

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