《MUMEI》

暫く連中が逃げて行った方向を睨み付けていると
袖が、微かに引かれた
「ん?」
どうかしたのか、そちらへと向いてみれば
小鴨は涙目で身体を小刻みに震わせている
「……怖かった、です」
始めての経験だったのだろう
鳥谷は直ぐに表情を和らげると買ってきた飲料を渡してやる
甘い、カフェラテ
一口飲めば広がる甘さに、小鴨はホッと安堵の溜息を吐いた
「あと、コレな」
一息ついたのを見計らい、鳥谷は一緒に買った菓子を出す
シナモンシュガーのチュロス
その実、甘いものが大好きな小鴨は見て分かる程嬉しそうにそれらを受け取った
甘い飲み物と、更に甘い菓子
よくもこれだけ甘いものばかり食えるものだと
鳥谷は自身で買ってきておきながらつい感心してしまう
「鳥谷君は食べないんですか?」
美味しいですよ、とチュロスを差し出される
これは一口齧ろとでも言っているのだろうかと見てみれば
小鴨は可愛らしい笑みをまま鳥谷を見やる
甘いものはあまり得手ではない鳥谷だったが
嬉しそうに差し出してくる小鴨に否等返せる訳もなく一口
甘い、だが小鴨にはよく似合いそうな甘さ
嫌な、それではない
「……結構うまいな」
「はい、美味しいです」
その味を共有できたことが嬉しいのか、、満面の笑み
向かい合わせでそれを眺めながら
「……デジカメ、持って来ればよかったな」
そんな事を不意に呟く
何となくだが今日の事を何も残せない事が残念になったのだ
携帯のカメラでいいから取って残しておこうかと思った、次の瞬間
シャッターが切られる音がすぐ間近で聞こえた
見れば小鴨の手にはデジカメ
「ちょっと困った顔の鳥谷君の写真、げっとです」
持って来ていた事をどうやら言い出せずにいた様で
漸く出せた事に嬉しそうにはにかんで見せる
「ちょっとソレ、借りてもいいか?」
「え?はい。どうぞです」
撮りたいモノであったのか、との小鴨へ
鳥谷は短く返事をすると、小鴨へ向けシャッターを切った
「なっ――!?」
行き成りのソレに驚いた顔が画面に残る
「と、鳥谷君、消してください!」
「何で?」
「だ、だって今、絶対変な顔です!」
「そんな事無いって」
「なら見せて下さい!」
爪先立ってデジカメを取ろうとする小鴨
何度も手を伸ばしてくる様に
これは見せてやらなければ納得しそうにない、と
鳥谷はデジカメを小鴨へと渡す
「やっぱり、変な顔してます」
「そうか?」
「消します」
余程気に入らなかったのだろう、デジカメを操作し始める
折角撮ったのに、と鳥谷が愚痴る様に呟けば、小鴨はその手を不意に止め
「……もう一枚撮らせてくれるなら、残してても、いいです」
「もう一枚って、俺のか?」
改めて聞き返してやれば頷いてくる
別段写真を撮らせることに異を唱える事はなく
「なら、一緒に撮るか」
それがいい、と鳥谷が近くいた人へとカメラを預ける
行き成りのソレに慌て始める小鴨
態々微妙に距離を開ける小鴨を引き寄せてやり
丁度そこで鳴ったシャッター音
撮ってくれた相手へと礼を言ってデジカメを受け取りソレを小鴨へ
画面に映る鳥谷と自分のソレを見、ふにゃり顔を緩ませていた
どうやら機嫌が直ったらしい
その笑い顔に鳥谷も肩を揺らし、小鴨の頭へと手をおいてやる
ポンポンと弾ませてやれば、コガモが鳥谷を見上げればまた笑みを浮かべ
鳥谷も、笑みを浮かべて返してやっていた
「……今日は、有難うです。鳥谷君」
「ん?」
そろそろ帰るかとの友人からの電話を受け、集合場所へと向かう途中
小鴨からの感謝の言葉
行き成りどうしたのか。首だけを振り向かせてやれば
「今日はたくさん、我儘聞いてもらったから」
クマの人形を買ってやって、メリーゴーラウンドに一緒に乗ってやって
たったそれだけの事を我儘なのだと
どこまでも控えめな小鴨へ、鳥谷はだがあえて追及する事はせず
「どう致しまして。俺も、結構楽しかった」
だからお相子だと言ってやり
鳥谷と小鴨は互いに顔を見合わせながら
足取りも軽く帰路へと着いたのだった……

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫