《MUMEI》
water,please
ガタガタと揺れる馬車の中で、私は御者の必要以上な大声を耳障りに思いながら、外の景色を眺めていた。

二年間過ごした島を、今日離れる。

窓の外の見慣れた景色が過ぎ去っていくことに、私は特に何も感じなかった。
だが二年前の私ならば大方、この様な別れには嗚咽が止められなかったことだろう。

そう思う様になったのは、大人になったからなのか、それとも心が渇いてしまったからなのか。

分からないが、いずれにせよ、全て彼の所為ということは間違いないだろう。


本当に、酷い人。

彼は気まぐれに私を渇かしては潤し、潤しては渇かした。

だが渇かすも潤すも、彼の手によって与えられるものなら苦痛だろうと恐怖だろうと、全てが愛おしかった。

それほどに、本当に愛していた。

いやらしくつり上がった口角
存在感のない通った鼻
まるで鰐の様な人を蔑んだ目
人を馬鹿にしたいと言わんばかりの八の字に垂れた眉

顔も、体も、声も
全て必要以上に覚えすぎている。



…忘れられるわけがない。
何も感じないわけがない。



わかってる。
もう忘れられない。


ならせめて




最後は潤してほしかった。

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