《MUMEI》
カルト
二年前
1034年 春の月



私に、春は訪れなかった。




アキス村 西地区 葬儀場前


「えーっと……で、ですので、個人の生前の意思によって、葬儀は執り行わず、荼毘に付すだけの簡素なものに…」
「ふざけんじゃねぇ!!葬儀場まで貸し切ったってのに何ほざいてやがる今更!そんならもっと早く言わねェかこのグズ野郎!!」
「そうだそうだ!そもそも当の本人は死んだってんだ!今更ソイツの意思なんざ関係ねェだろうがよ!!」


…長い。
この様な状況になって、かれこれ20分。
大人たちの実に醜い口論は未だ耐えない。

…帰りたい。
貴重な休日を潰して、数少ない所持金で喪服を借りたというのに。
そして葬儀を執り行うにしても火葬を執り行うにしても、どちらにせよあと4時間はかかる。

はぁーーと深いため息をつくと、背後から声をかけられた。

「馬鹿は死んでも治らなかったわね。ワガママもいいとこよ、コイツはどーしてでも私達に恨まれたいみたい。そもそもなんなの葬儀をして欲しくないって。ホント金持ちの神経は理解できない」

「あ…ゲリーさん」

「ねェ カミラ、このままばっくれちゃわない?」

「は!?な、何言ってるんですか、そんなことしたらクビ確定ですよ!!」

「いいじゃない、元々慕われてもいない宗教の教祖がやっとこさ死んで、もうここで働こうなんて奴はいないわよ。」

「そうかもしれませんけど…そんなことしたら……」

「大丈夫よ!相変わらず臆病ねーアンタ。だってアンタ、もう今月末には島出る気でいるんでしょ?」

「え……どうしてそれ知って…」

「知ってるに決まってるじゃない!アンタ私を誰だと思ってんの、情報通のゲリー≠諱I」

…前から思ってたけれど誰がつけたんだろうか、このダサい通り名は。

「まぁ……そのつもりですが…」
「ならいいじゃない!いつまでもあんなバカ教祖の創った宗教の偽信者やってらんないでしょ!さ、どうせ島出てくんなら此処で何やってってもヘーキヘーキ!」


そうして私は、強制的にゲリーさんにばっくれさせられた。

どうやらゲリーさんは私の出航の準備を手伝いたかったらしく、一緒に船のチケット購入に付き合ってくれたり、何故か服のお下がりまでもらってしまった。

一つ年上の彼女は、最初から最後まで本当に私によくしてくれた。

幼くして両親を亡くし身寄りもなかった私は、この胡散臭く不惜身命とは程遠い宗教団体の一員として食べていく以外に道はなかった。
貧弱で泣き虫な私でも、様々な苦悩に必死に耐えて此処で16年間生きたのだ。
けれどいつかは此処を出ていきたいと、常にそれを夢見ていた。


だがそれは、もうすぐ夢じゃなくなるのだ。

ここでの過酷な16年間の暮らしをばねに、此処を飛び出す。

ゲリーさんの力強い言葉を頼りに、今、此処を飛び出す。







この頃は知る由もなかった。

この先に待ち受ける、






私にとっての、本当のカルトを。

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