《MUMEI》 振り切る勇気ー迫る危機「ただいま」 夕季が家に帰ると、そこにはいつものように父がいた。 ほとんど会話を交わすことが無い。 そんなこと、家庭崩壊同然だと夕季も分かってはいたのだ。 それでも、自分から話す勇気は無かった。 「夕季」 「何?」 「今日は帰りが遅かったな」 「関係ないだろ」 こんな風に冷たく、短い会話だ。 「まぁ、それはいい。ところで、家を継ぐ決心はできたか?」 「継がないって言ってるだろ」 マンションから父さんが新しく建てた屋敷に引っ越した。 先代から続く事業で大成功したらしい。 夕季達には専属の使用人が着いた。 そんな生活に夕季はうんざりしていたのだ。 「・・・」 「俺のやりたいようにする」 「お前に是非会いたいという令嬢がいるんだ」 「令嬢・・・?」 「有名な自動車会社の娘さんだ。上手く行けば、3年後には・・・」 「断る」 そんなこと出来るわけがない。夕季には愛鈴しか映っていなかった。 どんなに財政力があろうとも、夕季の心は揺れ動くことは無い。 「何故だ。何か理由があるのか?」 「俺には、大切な人がいる」 「こんな縁談、滅多に無いことだ」 「全部決められた人生なんて幸せじゃない」 「・・・」 「俺は今まで父さんの言うとおり勉強をして、高校に入って、大学を目指してきた」 「・・・」 「それでも、俺は勉強が好きだから、楽しかった。でも、好きでもない人と結婚するなんて嫌だ」 「そんな我が侭が通用すると思ってるのか?」 「我が侭なんかじゃない。当たり前のことだ。居たい人と一緒にいるのは普通だ」 「もう、勝手にしろ。学費は出す。ただ、それ以外は何もしない」 そう言うと、父さんは家を出て行った。 恐らく、別荘に向かったのだろう。でも、夕季は追いかけようとはしなかった。 追いかけなくても良いと思ったのだ。 勉強を一生懸命して、愛鈴のことを大切に出来ればそれで良かったのだ。 しかし、夕季の父がこれで引き下がるわけがなかったのだ。 前へ |次へ |
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