「大鹿マロイ」と「ムース・マロイ」 (2009-08-08) 村上春樹が「The Long Goodbye」に続いて「Farewell, My Lovely」を翻訳した。熱烈なチャンドラーファンの私も早速読んだ。日本人のほとんどのチャンドラーファンは英語に堪能な人を除けば、清水俊二の翻訳を通じてその作品に親しんでいると思う。私も例外ではない。つまりこの村上訳も清水訳と比較される運命にある。結論から言うと村上訳は清水訳に惜敗である。
まずタイトルの「Farewell, My Lovely」を「さらば愛しき女よ」とした清水訳は、ちょっとマヌケな村上訳のタイトルを見るに及んで、さりげないが凄いセンスであることが今になってよく分かった。そして「moose」という語はどの英和辞典でも「へらじか」としか訳語がついていない。米国ではデカくてタフな男に「moose」というあだ名をつけるのはフツーのことらしいのだが、わが国にはいない生き物なので、馴染みがない。だから「moose malloy」に「へらじかマロイ」と訳語を当てても、ただマヌケなだけだが、これをあへて「大鹿マロイ」とした清水訳はあっぱれとしか言いやうがない。これを拝借するわけにはいかない村上訳は、苦肉の策で「ムース・マロイ」となるのだが、これもなんだか力が入らない名前だ。